下校途中、ふと見上げた民家の軒先。
そこには、冬の冷え込みが作り上げた鋭い氷の列――つららが、ずらりと並んでいました。
今なら「危ないから近づかないように」と言われて終わりでしょう。
しかし、あの頃の子供たちにとって、つららは危険物でも観賞物でもありません。
格好の標的だったのです。
名付けて「つらら落とし」
「あれ、でかいな」
「一番長いの、どれだ?」
そんな一言で、退屈だった帰り道は、一瞬にして戦場へと変わりました。
狙いを定めた、硬く押し固めた雪玉
手袋をしたままでは、雪はうまく丸まりません。
外して雪を掴めば、指先に刺さるような冷たさが伝わってきます。
それでも構わず、ぐしゃぐしゃになった雪を何度も押し固めました。
狙いは、いちばん太くて、いちばん手強そうな一本です。

そして、渾身の一投。
――カシン!
命中した瞬間に響く、あの乾いた音。
ガラスが割れたような、氷が砕けたような、独特の感触でした。
折れて地面に落ちたつららを見て、思わず声が出ます。
あの快感のためなら、指先の感覚がなくなるまで雪を丸め続けることも、まったく苦ではありませんでした。
寒さと痛みは、遊びの一部だった
楽しい記憶の裏側には、当然ながら痛みもあります。
濡れて重くなった毛糸の手袋。
指の関節にできた、あかぎれ。
かゆくてたまらない、しもやけ。
家に帰ってお湯を使うと、ピリピリと沁みて、思わず顔をしかめたものです。
それでも翌日になると、また同じようにつららを狙って雪玉を想像していました。
今思えば、無謀で無防備でした。
しかし、あの頃の身体は、驚くほど寒さに強かったように思います。
軒下のスリルと、大人の怒声
つららは自然現象だが、場所は他人の家です。
夢中になってつららに雪玉を投げていると、
玄関戸がガラッと開いて『雷おやじ』の「こらぁ!」怒鳴り声が飛んでくる……。
そんなやり取りも含めて、冬の午後の定番の風景でした。
一斉に走り出す子供たち。
雪を踏みしめる音と、笑い声が路地に広がりました。
怒られたのに、なぜか少し楽しい。
見つかったスリルも含めて、冬の遊びでした。
この感覚は、前回書いた「雷おやじ」とよく似ていますね。
自然と大人、両方の怖さが混じり合って、遊びの輪郭を作っていました。
まとめ:寒さをねじ伏せる力
今は、暖房の効いた部屋で、指一本で遊びが完結します。
それは快適で、正しく、何の文句もありません。
けれど、昭和の冬には、
寒さそのものと向き合い、
その寒さが生み出した氷を叩き折って笑う時間がありました。
「寒いから嫌だ」と閉じこもるのではなく、
「寒いからこそ、あれで遊べる」と外に飛び出す。
あの図太さ。
あの落ち着きのなさ。
あの、どうしようもない元気。
つららは溶けて消えましたが、
寒さを遊びに変える感覚は、確かに身体の奥に残っています。
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