【二、知恵の棚】

店員さんへの「ありがとう」はやりすぎ?――感謝が循環する「こちらこそ」の魔法

店員さんへのお礼を「やりすぎ」と指摘され、迷っているあなたへ。感謝の言葉は決してありがた迷惑ではありません。欲しかった商品を揃えてくれたお店への「こちらこそ」という視点。昭和・平成・令和を歩んできた店主が、感謝の言葉が持つ本当の力を綴ります。
【二、知恵の棚】

「どうも」は魔法の言葉か、それとも手抜きか?――高橋圭三から「どーもくん」世代まで

挨拶や感謝に便利な「どうも」。かつて高橋圭三氏が放った華やかな響きに憧れ、若い頃は都合の悪い時の「盾」にもしてきました。しかし現代、若者の「どうも」に覚える違和感の正体とは?語源にある本来の重みから、言葉に体温を宿す大切さを綴ります。
【一、思い出の引き出し】

【昭和の記憶】ガリガリだった僕と「白いギター」の面影――コンプレックスを脱ぎ捨てるまで

昭和48年、身体検査で体重を読み上げられるのが辛かったあの日。TVジョッキーの「ガリガリ人間大会」に出ろとからかわれた中学時代。社会人になりブルーワーカーで抗った過去も含め、コンプレックスを抱いてきた私が「しぶとく健康な今」を愛おしく振り返ります。
【一、思い出の引き出し】

【人生の二面性】厳しい社長に鍛えられた20年――「こざと」が「おおざと」に変わる時

仕事の要求レベルが高く、早朝の電話も当たり前。そんな厳しい社長の下で20年勤めた日々は、私にとって険しい山(こざとへん)を登るようでした。しかし、カミさんに愚辞をこぼしながら乗り越えたその時間は、今や私を形作る豊かな財産(おおざとへん)に変わっています。
【一、思い出の引き出し】

【昭和の仕事場】最先端の「5Mエンジン」と、実家前の「ごえむさん」――新米フロントマンの忘れられない失言

昭和の自動車ディーラー勤務時代。新型2800cc「5M(ゴーエム)エンジン」の噂話に沸く先輩整備士たちに対し、新米フロントの私が放った一言――。それは実家前の屋号「五右衛門(ごえむ)さん」の話でした。40年経っても色褪せない、現場での爆笑と失言の記憶を綴ります。
【一、思い出の引き出し】

昭和の失敗は、今の私の宝物。冷や汗と擦り傷から学んだ「人生の教訓」5選

「なんだかんだ商店」へようこそ。このブログは、還暦を過ぎた私が、日々の暮らしの中で感じた小さな「なんだかんだ(不満や気づき)」を、昭和の懐かしい記憶と共に綴っている場所です。私は、決して器用な人間ではありません。 むしろ、振り返ってみれば、...
【一、思い出の引き出し】

【昭和の熱狂】ローラーゲームと憧れの「スケート靴」――空き地に響いたガラガラという音

昭和の熱狂東京ボンバーズ「ローラーゲーム」に憧れ、近所の子から借りたローラースケート。意気揚々と滑り出した店主を待っていたのは、硬いコンクリートへの「すってんころりん」でした。光GENJIやスケボーへと続く流行を横目に、今も残る手のひらの痛みを綴ります。
【三、知識の箱】

【言葉の奥行き】「マイペース」の本当の意味――「心地よい時間」と、周りに押される私との間で

自らのリズムを大切にする「マイペース」という言葉。なぜ褒め言葉にも皮肉にもなるのか?和製英語の背景や英語での表現を解説。さらに「周りの空気に押されてしまう」と語る店主が、自分にとっての心地よい時間の過ごし方を綴ります。
【一、思い出の引き出し】

【昭和の夜の、大失態】「ウィ・アー・ザ・ワールド」に酔いしれて――隣人の拳が教えてくれた静寂の重み

昭和50年代後半、名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」に酔いしれ、アパートで熱唱していた店主。ヘッドフォンの中でスティーヴィー・ワンダーになりきっていた私を待っていたのは、隣人による怒りのドアノックでした。今思い出しても赤面する、若き日の失敗談を綴ります。
【三、知識の箱】

【言葉の作法】謝罪の後の「ご了承ください」に感じる違和感――誠実さは「語尾」に宿る

謝罪メールの締めに「ご了承ください」と言われ、釈然としない思いをしたことはありませんか?本来、歩み寄るための言葉がなぜトゲとなってしまうのか。昭和の仕事現場で学んだ誠実さや、理不尽な言葉に対する大人としての向き合い方を静かに考えます。
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