ブルーワーカーとは?昭和の少年を誘惑した“夢の器具”
昭和の少年雑誌を覚えている方なら、きっと一度は目にしたことがあるはずです。
「ブルーワーカー」
少年ジャンプや少年サンデーの裏表紙に載っていた、あの筋トレ器具です。
細身の少年が、数週間後には見違えるような体つきになり、
海辺で女の子に囲まれる――。
今思えば、かなり大げさな広告でした。
けれど当時の私たちにとっては、あれは夢そのものでした。
「これさえあれば、自分も変われる」
そんな気にさせる、不思議な力があったのです。

初任給で手に入れた“理想の自分”
社会人になって間もない頃。
初めてまとまった給料を手にした私は、ふと思い出しました。
あのブルーワーカーの広告を。
「今なら買えるじゃないか」
子どもの頃には手が出せなかったものを、
自分の力で手に入れられる。
それが、なんとも誇らしかったのを覚えています。
私は迷わず、街のデパートへ向かいました。
デパートで味わった、まさかの公開処刑
通販ではなく、あえて店頭で買いました。
「大人の買い物をしている」という気分になりたかったのです。
レジで会計を済ませ、
当然のように「包装されるもの」と思っていました。
ところが――
店員さんは、
細長い箱に「お買い上げ」のシールを一枚、ぺたり。
それだけ。
包装紙は、ありません。
あの独特の形。
誰が見ても「筋トレ器具」とわかるフォルム。
つまり私は、
「ガリガリの体を鍛えたいんです」
「ムキムキになってモテたいんです」
と、街中に宣言しながら歩くことになったのです。
帰り道の視線と、勝手に膨らむ被害妄想
ブルーワーカーを抱え、アパートへ向かう帰り道。
あの箱は、妙に長く、妙に目立つ。
実際の重さ以上に、ずっしりとした“視線”を感じました。
すれ違う人の目が気になる。
そして、どこかから聞こえた女子高生の笑い声。
もちろん、冷静に考えれば無関係でしょう。
ただの自意識過剰です。
それでも、あの時の私は違いました。
「笑われている気がする・・・」
そう思った瞬間、足取りが急に重くなるのです。
手に抱えているのは、筋肉への切符。
でも同時に、自分の弱さをさらす証拠のようにも感じられました。

現実は変わらない、それでも続けた日々
家に帰り、説明書を読み、
私は真面目にトレーニングを始めました。
弓のような金属を押し込み、引き伸ばす。
腕も疲れるし、汗もかく。
「これは効いているはずだ」
そう思いながら続けました。
しかし――
鏡に映る自分は、ほとんど変わらない。
いわゆる「ビフォー」のままです。
体質もあったのでしょう。
あるいは、継続が足りなかったのかもしれません。
結局、変わったのは筋肉ではなく、
「そう簡単には変われない」という現実への理解でした。
やがてブルーワーカーは、静かに押し入れの奥へと消えていきました。
それでも忘れられない、あの頃の衝動
今となっては、あのブルーワーカーがどこにあるのかも分かりません。
けれど、あの日の気持ちははっきり覚えています。
変わりたいと思ったこと。
本気で何かを手に入れようとしたこと。
そして、
デパートの帰り道の恥ずかしさも、
夜な夜なトレーニングしたあの時間も。
すべてが、あの頃の自分の一部です。
まとめ:ブルーワーカーがくれたもの
ブルーワーカーは、魔法の道具ではありませんでした。
筋肉も、思ったほどどころか、全然つきませんでした。
体質なんでしょうね。
けれど――
「変わりたい」と願って行動した記憶だけは、
今も確かに残っています。
あの不器用で、少し痛々しくて、でも真剣だった自分。
今の自分から見ると、
あの頃の青年も、なかなか悪くないじゃないかと思えるのです。
皆さんにもありませんか?
少し恥ずかしいけれど、
振り返るとどこか愛おしい、そんな“青い衝動”の記憶が。
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