白黒テレビからカラーテレビへ。
そして、次にやってきた大きな変化が「音」でした。
昭和50年代後半、テレビは単なる「映像を映す箱」から、
本格的なオーディオ機器へと進化し始めます。
その象徴が、「音声多重放送」という言葉でした。

「音声多重放送」とは?昭和のテレビに起きた「音の革命」
音声多重放送とは、1つの映像に対して、複数の音声信号を同時に送る放送方式のことです。
昭和50年代後半に本格化し、それまでのモノラル放送が主流だったテレビに、大きな変化をもたらしました。
それまでのテレビは、スピーカーが一つだけのモノラル音声が一般的で、音は「正面から聞こえるもの」でした。
しかし音声多重放送の登場により、
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左右に音が広がるステレオ放送
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番組内容に応じた複数音声の切り替え
が可能になり、テレビは「観る家電」から「聴く家電」へと進化していきます。
当時のテレビ本体に誇らしげに表示された「音声多重」の文字は、
最新技術を備えた証そのものでした。
「二か国語放送」とは?スイッチひとつで変わる音の世界
二か国語放送は、音声多重放送の仕組みを利用した代表的な機能の一つです。
主に外国映画や海外ドラマ、ニュース番組などで使われていました。
特徴は、リモコンや本体のスイッチ操作だけで、
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日本語の吹き替え音声
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英語などの原語音声
を自由に切り替えられる点です。
当時はまだ英語が分からない人も多く、
原語に切り替えてみても内容は理解できないことがほとんどでした。
それでも、「本来の音で聴いている」という体験そのものが新鮮で、
どこか大人びた気分になれたものです。
二か国語放送は、
テレビを通して世界とつながる感覚を、初めて家庭にもたらした機能だったとも言えるでしょう。
テレビは「観るもの」から「聴くもの」へ
当時、家庭用テレビの多くはモノラル音声でした。
スピーカーは前面か側面に一つだけ。音は正面から一直線に出てくるもの、という感覚が当たり前だったのです。
ところが、音声多重放送が始まると状況は一変します。
テレビの両脇に、左右対称に大きなスピーカーが取り付けられたデザインが登場しました。
それだけで、見た目の迫力が違いました。
「このテレビは、ただものじゃない」
そんな雰囲気が、部屋の空気ごと変えてしまったのを覚えています。
誇らしげに刻まれた「音声多重」の文字
テレビ本体の前面や操作パネルには、
堂々と「音声多重」という文字が刻まれていました。
電源を入れると点灯するランプ。
ステレオ放送の時だけ光るインジケーター。
それを見るたびに、
「うちは最新型なんだ」
という、少し誇らしい気持ちになったものです。
左右のスピーカーから音が広がる感覚は、それまでのテレビとはまったく別物でした。
音楽番組では演奏が立体的に聞こえ、
野球中継では球場のざわめきが部屋いっぱいに広がります。
家族みんなで、
「音が違うなあ」
と顔を見合わせていた記憶があります。
「二ヶ国語放送」という、ちょっと背伸びした体験
音声多重の中でも、とりわけ未来を感じさせたのが二ヶ国語放送でした。
外国映画や海外ドラマで、
吹き替えと原音をスイッチ一つで切り替えられる。
あの不思議さは、今思い出しても鮮明です。
日曜洋画劇場を英語音声に切り替えてみるものの、
何を言っているのかほとんど分からず、結局すぐ日本語に戻す。
それでも、
「今、自分は外国映画を“本来の音”で聴いている」
という事実だけで、少し大人になった気分になれました。
意味は分からなくても、試してみたくなる。
そんな背伸びの楽しさも、音声多重ならではでした。
家族の一大イベントだった「テレビの買い替え」
当時、テレビは非常に高価な家電でした。
だからこそ、新しいテレビが家に届く日は、ちょっとしたお祭りでした。
配達の人が慎重に運び込み、
家族総出で置き場所を決め、
説明書を広げてボタンの確認をする。
父も祖父も、どこか誇らしげにリモコンを手にしていたように思います。
「これが音声多重だ」
そんな言葉と一緒に、新しい時代が居間にやってきた感覚がありました。
テレビは家具であり、家の中心であり、
そして最新技術の象徴でもあったのです。
まとめ:技術が当たり前になった今だからこそ
今では、ステレオ音声も多言語切り替えも、ごく当たり前の機能です。
スマートフォン一つで、もっと高度なことが簡単にできます。
だからこそ、「音声多重」という言葉自体が、
いつの間にか使われなくなってしまいました。
でも、それは忘れられたのではなく、
空気のように当たり前になったからなのだと思います。
画面の両脇に並んだスピーカー。
点灯する小さなランプ。
音が左右に広がった、あの瞬間の驚き。
「音声多重」という言葉が持っていた期待感と重厚感は、
今も昭和のテレビの記憶として、静かに心に残っています。
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