昭和レトロ

【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧語】「お転婆(おてんば)」 ―― 昭和の空を駆け抜けた、自由で元気な女の子たちの称号

最近聞かなくなった「お転婆(おてんば)」という言葉。昭和の時代、活発で自由な女の子を指したこの言葉には、どんな響きが込められていたのでしょうか。語源とされるオランダ語のエピソードや、性別による枠組みが変化した現代における「お転婆」の立ち位置を、懐かしい風景と共に振り返ります。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧物】ポケベル ―― 数字12文字に込めた、不器用で熱い「暗号」の記憶

1990年代に爆発的に普及した「ポケベル」。0840(おはよう)や14106(あいしてる)など、数字の語呂合わせでメッセージを伝え合った、あの不便で愛おしい時代を振り返ります。公衆電話に並び、限られた文字数に想いを込めた、言葉が最も研ぎ澄まされていた頃の記憶。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧語】「たばこ休憩」と灰皿のあるオフィス ―― 煙に巻かれた昭和の意思決定

昭和のオフィスは、デスクにも会議室にも灰皿があるのが当たり前でした。「たばこ休憩」の合間に重要な決定が下され、煙の中で仕事が動いていた時代。マナーや健康意識の変化とともに消え去った、あの「濃い」空気感と、今のクリーンな働き方の違いを振り返ります。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧語】「かくし芸」 — 昭和の正月番組と、新入社員の苦い登竜門

昭和の正月を彩った「かくし芸大会」。一流芸能人が猛特訓して挑む姿に胸を熱くし、職場の宴会では新入社員が冷や汗をかきながら芸を披露した時代。今や「ハラスメント」と捉えられかねないこの言葉が、かつて果たしていた役割と、失われた昭和の熱量を振り返ります。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧物】ベータか、VHSか? ―― ソニー派の私が「画質」にかけた夢と、ビデオ戦争の敗北

昭和50〜60年代、テレビ界を二分した「ビデオ戦争」。画質のベータか、録画時間のVHSか。ソニー製品への信頼からベータを選んだ若き日の思い出とともに、レンタルビデオ店の普及によって決着がついたあの規格争いの熱狂と、敗北の切なさを綴ります。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧語】「音声多重放送」という響き ― 画面の両脇にスピーカーが並んだ、あの頃のステレオ旋風

昭和50年代、テレビが「ステレオ」になった。懐かしの「音声多重放送」という言葉を覚えていますか?画面の両脇に大きなスピーカーがついたカラーテレビは、お茶の間のステータス。二ヶ国語放送や音楽番組の臨場感にワクワクした、あの頃の家電への情熱を振り返ります。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧物】昭和の冬の「豆炭こたつ」 ―― 温かさの裏側にあった、少しだけ緊張感のある記憶

鍛冶屋の祖父が手際よく熾した豆炭やコークスの火。昭和の冬、その熱を閉じ込めたコタツは最高の楽園でしたが、長く入りすぎるとやってくる「あの頭痛」。一酸化炭素中毒の影さえもあった、不便で、少し危うくて、でも圧倒的に温かかった冬の記憶を綴ります。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧語】「しみったれ」とは?今ではあまり聞かない“昭和ことば”の深み

「ケチ」や「セコい」とは違う、昭和の言葉「しみったれ」。その語源は、貧しさや情けなさがにじみ出て垂れ下がる様子にありました。精神的なゆとりのなさを皮肉と哀愁で包んだこの言葉から、当時の日本人が持っていた「つつましさ」と「卑しさ」の境界線、そして現代のSNS社会にも通じる心のあり方を深掘りします。
【一、思い出の引き出し】

【絶滅危惧語】「チョンボ」という響き — 失敗さえもどこか可笑しかった、昭和の人間模様

今や死語となりつつある「チョンボ」。麻雀用語から日常の「マヌケな失敗」を指す言葉として親しまれたこの言葉には、昭和特有の人間臭い寛容さが溢れていました。現代の「ミス」や「エラー」には無い、言葉の響きから当時の空気感を振り返ります。
【一、思い出の引き出し】

【昭和の冬】軒下の「つらら」は最高の標的だった ― 寒さを遊びに変えた、あの頃の子供たちの逞しさ

軒下に垂れ下がる巨大なつらら。昭和の子供たちにとって、それは格好の標的でした。名付けて「つらら落とし」雪玉を投げ、命中させる快感。あかぎれや霜焼けに耐えながら、厳しい冬の寒ささえも遊びに変えてしまった、あの頃の逞しい下校風景を振り返ります。
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