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【絶滅危惧行動】電話越しのお辞儀 :受話器の向こうへ届ける、日本人の健気な「誠意」

電話中にお辞儀をする心理|日本人の礼儀と「見えない相手への誠意」 昭和レトロ慣用句/絶滅危惧語

街角の公衆電話。
あるいは、オフィスのデスク。

受話器を耳に当て、
誰もいない空間に向かって、何度も何度も頭を下げる人の姿がありました。

「ありがとうございます!」
「本当に申し訳ございません!」

相手からは、もちろん見えていません。
理屈では分かっている。
それでも、体は自然と前に傾き、深く頭を下げてしまう。

電話越しのお辞儀は、
日本のあちこちで見られた、ごく当たり前の光景でした。

そこには、効率や合理性では説明しきれない、
日本人が大切にしてきたコミュニケーションの感覚が詰まっています。

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体が覚えている「敬意」のカタチ

お辞儀は、単なるポーズではありません。
それは、相手に対して敬意を示すためのスイッチのようなものです。

直接会っている時はもちろん、
電話という「声だけの世界」でも、そのスイッチは自動的に入ります。

言葉を丁寧に選ぶ前に、
まず姿勢を正す。

体を正すことで、
心も自然と引き締まる。

日本人にとってお辞儀は、
礼儀を“考える”前に“反射する”動作だったのかもしれません。

技術や効率を超えて、
体に染み付いた敬意のかたち。
それが、電話越しのお辞儀として現れていたのです。

全身で伝える「目に見えない誠意」

「申し訳ございません」
「本当にありがとうございます」

こうした言葉を口にするとき、
声だけで気持ちを伝えるのは、どこか心もとない。

だからこそ、
声のトーンだけでなく、
背筋を伸ばし、頭を下げ、
全身の筋肉を使って誠意を表そうとします。

声は嘘をつかない、とよく言われます。
そして、お辞儀をしながら話す声には、
独特の柔らかさや謙虚さが宿ります。

その微妙なニュアンスは、
受話器というフィルターを通しても、
きっと相手に伝わる。

そう信じていたからこそ、
人は見えない相手に向かって、何度も頭を下げていたのです。

合理性と「愛嬌」のあいだで

冷静に考えれば、
電話中のお辞儀は、まったく合理的ではありません。

時間も短縮されないし、
相手の理解度が上がるわけでもない。

けれど、その「無駄」に見える動きが、
人間関係をどこか柔らかくしていたのも事実です。

今、私たちはスマートフォンを見ながら、
表情を変えずに会話をします。

効率的で、無駄がない。
けれど、その分、
会話から体温が抜け落ちてはいないでしょうか。

電話越しに深々と頭を下げる姿には、
日本人的な美徳と、
どこか微笑ましい愛嬌が、同時に存在していました。

まとめ:形は消えても、残したい「姿勢」

携帯電話やテレワークが普及し、
受話器に向かってお辞儀をする姿は、ほとんど見られなくなりました。

それは、時代の自然な変化です。

けれど、
相手を敬い、
心を通わせようとする、
あの「姿勢」まで手放してしまう必要はありません。

見えない相手に向かって、
不器用なほど真剣に頭を下げる。

その行動には、
日本人が長い時間をかけて育んできた
おもてなしの原点が、確かにありました。

形は消えても、
心だけは、これからも大切にしていきたいですね。

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