「今、出ました!」から始まる、あのやり取り
「おーい、まだかよ」
受話器の向こうから、少し苛立った声が聞こえる。
それに対して、そば屋の店主は、間髪入れずにこう返します。
「今、出ました!」
この言葉を、私たちは疑っていました。
いや、正確に言えば――
疑っていることを、お互いが分かった上で信じていたのです。
「ああ、今から茹でるんだな」
「じゃあ、もう少し待つか」
昭和の出前は、この一言から始まる
独特の“待ち時間の文化”の上に成り立っていました。
なぜ「そば屋の出前」は“遅い”の代名詞になったのか
「そば屋の出前」と言えば、
物事がなかなか進まない時のたとえとして使われます。
けれど、本当にそれは「いい加減」だったのでしょうか。
あの「今、出ました!」という言葉には、
客をだます意図よりも、
客を安心させたい気持ちのほうが強く込められていました。
・もうすぐ作る
・ちゃんと忘れていない
・必ず届ける
それを一言で伝えるための、
いわば“優しい嘘”だったのです。
そして客もまた、
その嘘を責めることなく、受け取っていました。
昭和の出前は、
料理を運ぶサービスではなく、
待つ時間ごと引き受ける文化だったのかもしれません。
曲芸のような職人技 ― 出前という街角の芸術
そして、忘れてはならないのが
あの衝撃的な光景です。
自転車にまたがり、
肩には何段にも重なったせいろ。
片手でハンドルを握りながら、
器一つこぼさず、街を駆け抜けていく。
あれはもう、配達ではなく曲芸でした。

重力に逆らう、そば屋の美学
少しの段差。
ちょっとしたカーブ。
それだけで全てが台無しになるはずなのに、
なぜか落ちない。
そこには、
-
経験
-
勘
-
身体感覚
が凝縮された、職人の世界がありました。
さらに進化したのが、
バネと空気圧で揺れを吸収する「出前機」です。
ローテクでありながら、
驚くほど合理的。
あのおか持ちの中には、
「こぼさない」という誇りが詰まっていました。
それはまさに、
日本の街角に現れる一つの“興行”だったのです。
空のどんぶりが語っていた、無言の会話
出前文化でもう一つ特筆すべきなのが、
返却という習慣です。
食べ終わった後、
どんぶりを軽く洗い、
玄関先に出しておく。
そこには言葉はありません。
けれど、
「美味しかったよ」
「ごちそうさま」
という気持ちが、
確かに込められていました。
使い捨て容器ではなく、
また戻ってくる器。
その循環の中で、
店と客の関係は、静かに続いていたのです。
どんぶりを洗って返す。
それは、
人と人がちゃんと繋がっている証でもありました。
すべてが可視化された現代から、振り返る
今のデリバリーは、正確です。
GPSで位置が分かり、
遅れれば通知が届く。
評価制度もある。
便利で、安心で、無駄がありません。
けれど、その代わりに、
不確かな時間を許容する余白は
どこかへ消えてしまいました。
「今、出ました!」
この言葉が通用しなくなったのは、
嘘が嫌われるようになったからではなく、
信じて待つ余裕がなくなったから
なのかもしれません。
まとめ:「今、出ました!」は優しい魔法だった
「そば屋の出前」は、
効率だけでは測れない、
昭和の街に流れていた
のどかな信頼関係の象徴でした。
「今、出ました!」という一言は、
嘘ではなく、
「ちゃんと向かっていますよ」という安心の魔法。
――あなたが最後に、
「今、出ました!」と言われたのは、
いつでしたか。

職場で出前を取ったとき何度か言われました。
昼休みの時間が限られていたのでこっちも必死でした。
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