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【昭和の実体験】ヒソヒソ話が一番怖かった — 胃カメラ中に感じた“見えない恐怖”

ヒソヒソ話が一番怖かった|胃カメラ中に感じた本当の恐怖 【一、思い出の引き出し】

沈黙よりも、怖いものがあります。

それは――
「ヒソヒソ話」です。

自分のすぐ近くで、何かを話している。
でも、その内容は聞こえない。

しかも、それが自分に関係しているような気がする。

そんな状況ほど、想像が膨らんでしまうものはありません。

私は一度、それを身をもって体験したことがあります。

場所は、病院の検査室でした。

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入院生活の中での出来事でした

就職して5年目くらいの頃、体調を崩してしまいました。

だるさが抜けず、仕事にもならない状態で病院へ行くと、すぐに入院となりました。

診断は、ウイルス性肝炎。

これといった治療法はなく、とにかく安静にするしかない入院生活でした。

そんなある日、胃のあたりに違和感を覚え、「少しシクシクする」と主治医に伝えました。

すると――

「一度、胃カメラで見てみましょう」

人生初の胃カメラです。

それは、想像以上に余裕のない検査でした

診察台に乗せられ、カメラを飲み込む。

これがもう、とにかく苦しい。

「オエッ…」

「ゲエッ…」

そんな状態で、まともに周りを見る余裕などありません。

ただただ、早く終わってくれと願うばかりでした。

ところがそのとき、ふと異変に気づきました。

モニターの前に、白衣の人たちが集まってきたのです。

ヒソヒソ話が始まりました

主治医の先生が、カメラの操作を一度止めました。

そしてモニターを見ながら、他の先生らしき人たちと何か話し始めたのです。

……ただし、それは普通の会話ではありませんでした。

ヒソヒソ話です。

私はゲエゲエ言いながらも、その様子が気になって仕方ありませんでした。

『え…何!?』

『何かあるの!?』

その瞬間、頭の中ではいろいろな可能性が浮かび始めます。

『もしかして腫瘍?』

『悪いものが見つかった?』

 

苦しさよりも、不安の方が大きくなっていきました。

やや暗めの室内診察台に横たわる男性が胃カメラ検査を受けている口元にチューブがあり苦しそうな表情少し離れた位置で白衣の医師が2〜3人、モニターを見ながら小声で話している

人は、分からないことがあると、勝手に一番悪い方向へ想像してしまうものです。

こうした“空気から察してしまう感覚”は、
「空気を読む」という文化とも、どこか通じるものがあるのかもしれません。

結局、何もありませんでした

検査が終わり、しばらくしてから看護師さんに聞いてみました。

「あのとき、先生たち何を話していたんですか?」

すると、あっさりとした答えが返ってきました。

「ああ、インターンの先生に説明していただけですよ」

……それだけでした。

私の胃は、多少荒れている程度で、大きな問題はなかったそうです。

あのヒソヒソ話は、私の不安とはまったく関係のないものだったのです。

沈黙より怖い「想像の暴走」

この出来事で感じたのは、

本当に怖いのは、沈黙そのものではないということでした。

むしろ怖いのは、

「分からないことに対して、自分の中で勝手に膨らんでいく想像」

なのかもしれません。

ヒソヒソ話という“半分だけ伝わる情報”が、その想像を加速させるのです。

家庭でも、職場でも、似たような経験はありました。
機嫌で支配される空間でも書きましたが、言葉にされない空気ほど、人を不安にさせるものはありません。

まとめ:見えないものほど、人は怖くなる

ヒソヒソ話が一番怖かった。

今となっては、少し笑い話のようにも思えます。

けれどあのときの私は、本気で不安でした。

見えないもの、分からないもの。

それに直面したとき、人は自分の中で答えを作ろうとしてしまう。

そしてその答えは、たいてい悪い方向へ転がっていくものです。

あの胃カメラの検査室で感じたことは、
今でもふとしたときに思い出します。

沈黙よりも、ヒソヒソ話の方が怖い――

そんな、ちょっとした実体験でした。

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