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「ポンコツ」はなぜ愛される言葉になったのか?昭和と今で変わった意味

「ポンコツ」はなぜ愛される言葉になったのか?昭和と今で変わった意味 【一、思い出の引き出し】

「ポンコツ」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

今なら、少し抜けている人や、うっかりミスの多い人が、自分を冗談まじりに「ポンコツですから」と言ったりしますよね。

どこか愛嬌のある響きがあって、完全な悪口とも言い切れない。最近では、むしろ「ポンコツだけど憎めない」といった、親しみを込めた使い方も増えました。

けれど、昭和を知る人間にとって「ポンコツ」は、もともとそんな柔らかい言葉ではなかった気がします。

私が思い出すのは、「ポンコツ自動車」とか、「もうポンコツに出すしかない」といった言い方です。

つまり、壊れて使いものにならなくなった機械や車。修理しても限界があるもの。そんな、くたびれて役目を終えた“モノ”に対して使う言葉でした。

それが今では、人に対しても使われる。しかも、どこか愛されるニュアンスまで持つようになった。

この変化は、なかなか面白いものがあります。

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昭和の「ポンコツ」は、まず機械や車の言葉でした

「ポンコツ」という言葉の出発点は、やはり機械や車だったのでしょう。

古くなって故障が増えた車。あちこちガタがきて、もう現役としては厳しい機械。そういうものを、昭和の頃は「ポンコツ」と呼んでいました。

古くて少しボロい車(ポンコツ車)が置かれている 車はやや使い込まれていて、古さが伝わる

そこには、かなりはっきりした実用上の判断があります。

つまり、

  • もう十分に働けない
  • 修理に手間がかかる
  • 使い続けるには無理がある

といった、現場感覚のこもった言葉だったのです。

私自身、自動車整備の仕事に就いていたこともあり、この言葉にはまず“機械の匂い”を感じます。

だからこそ、今のように人に向けて軽く使われると、どこか不思議な気持ちもするのです。

人に使うようになると、言葉の温度が少し変わりました

もともとはモノに使っていた言葉が、やがて人に対しても使われるようになりました。

ただ、そのまま機械と同じ意味で人に当てはめると、かなりきつい言葉になります。

役に立たない。頼りない。壊れかけている。

そう考えると、言われた相手が傷ついてもおかしくありません。

実際、場面によっては今でもかなり失礼な言葉です。

仕事の場で真顔で「君はポンコツだ」と言えば、それは冗談では済まないでしょう。

けれど面白いのは、近年この言葉が、そこまで一方的な侮蔑だけではなくなってきたことです。

ただ能力が低いというより、

  • うっかりミスが多い
  • 抜けている
  • 一生懸命なのに空回りする
  • でも憎めない

という、どこか人間味のあるニュアンスで使われることが増えました。

今の「ポンコツ」には、愛嬌や自虐の響きがあります

今の「ポンコツ」は、昔よりもずっとやわらかい言葉になっています。

たとえば、自分で自分のことを「いやあ、私ポンコツなんで」と笑いながら言う場合、そこには自己否定だけでなく、自分の不完全さを少し笑いに変える感覚があります。

また、人に対して使うときも、

「完璧ではないけれど、そこが可愛い」

「抜けているけれど頑張っている」

といった意味合いが重なることがあります。

昔の「ポンコツ」が現場の判定に近い言葉だったとすれば、今の「ポンコツ」は、性格やキャラクターを含んだ言葉になったとも言えそうです。

そして私は、この変化の背景には、時代の空気の変化もあるように思います。

なぜ「ポンコツ」は愛される言葉に変わったのか

昭和の頃は、今よりもずっと「ちゃんとできること」が重視されていました。

仕事でも学校でも、失敗しないこと、迷惑をかけないこと、きちんと役に立つことが強く求められていたように思います。

そういう時代には、「ポンコツ」はかなり厳しい評価の言葉だったはずです。

けれど今は、少し違います。

完璧でなくてもいい。失敗も個性のうち。ちょっと抜けているくらいの方が親しみやすい。そうした空気が広がってきました。

SNSやテレビでも、「ポンコツだけど愛される人」が一つのキャラクターとして成立しています。

つまり「ポンコツ」は、単なる欠点を指す言葉から、不完全さを含んだ人間らしさを表す言葉へ、少しずつ変わってきたのではないでしょうか。

それでも、使い方には気をつけたい言葉です

とはいえ、「ポンコツ」がいつでも安全な言葉になったわけではありません。

この言葉には、今もやはり“使えないもの”という元の意味が影を落としています。

だから、相手との関係や場面を間違えると、冗談では済まなくなります。

自虐ならまだしも、他人に向かって使うときは注意が必要です。

特に、本人が気にしている失敗や不得意なことに重ねて「ポンコツ」と言ってしまうと、笑いではなく傷になることもあるでしょう。

言葉に愛嬌が出てきたからこそ、なおさら距離感が大切なのだと思います。

まとめ:「ポンコツ」は、時代とともに人間らしい言葉になりました

「ポンコツ」という言葉は、もともとは壊れた機械や古い車を指す、かなり実用的で厳しい言葉でした。

それが今では、人の不完全さや抜けたところを表す言葉として使われるようになり、しかもそこに愛嬌や親しみまで含まれるようになっています。

昔は“使いものにならない”に近かった言葉が、今では“完璧じゃないけど憎めない”へ変わってきた。

この変化を見ていると、言葉は時代と一緒にやわらかくなったり、意味を広げたりするのだなと感じます。

そう考えると、「ポンコツ」という言葉も、単なる悪口ではなく、人間の不完全さを少し笑いながら受け止める、今の時代らしい言葉になったのかもしれません。

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