「ガコン!」から始まる、あの時間
真夏の昼下がり。
赤い自販機の前に立つと、
なぜか少しだけ背筋が伸びました。
コインを入れ、
ボタンを押す。
「ガコン!」
重たい音と一緒に、
ガラス瓶同士が触れ合う、
あの独特の響き。
ペットボトルにはない、
一瞬の緊張感と期待感がありました。
自販機と向き合う、開栓という「儀式」
瓶のコーラは、
買っただけでは飲めません。
自販機の横に付いた、
金属の栓抜き穴。
王冠を引っ掛け、
角度を確かめ、
一気に力をかける。
「シュポッ!」
指先に伝わる振動。
白い冷気が立ち上り、
一瞬だけ、時間が止まる。
角度を間違えると、
泡が吹きこぼれる。
あれは、
自販機との真剣勝負でした。

「カラン」という音が、妙に嬉しかった理由
王冠が外れると、
下のボックスに落ちていく。
「カラン」
たったそれだけの音なのに、
なぜか誇らしい。
ちゃんと開けられた。
失敗しなかった。
そんな小さな達成感が、
胸の奥に残りました。
瓶で飲むコーラは、なぜあんなにうまかったのか
今思い返しても、
あの瓶のコーラは別格でした。
ガラスの厚みが、
冷たさを逃がさない。
唇に当たる口元の感触。
炭酸の鋭さ。
ペットボトルでは感じられない、
重みのある冷たさがありました。
あの瓶を持つと、
「ちゃんとしたものを飲んでいる」
という実感があったのです。
空き瓶を返す、という小さな義務
飲み終わった後、
瓶はゴミにはなりません。
家に持ち帰り、
近所の商店へ。
「はいよ」
おばちゃんがレジから出してくれる、
10円玉、あるいは30円。
ポケットに入れると、
「チャリン」と鳴る。
あれは、
単なる返金ではありませんでした。
10円玉が教えてくれたこと
瓶を返す。
お金を受け取る。
それは、
「借りたものを返す」という誠実さへの対価でした。
同時に、
子供にとっては
初めての経済活動でもあったのです。
働いたわけでもないのに、
社会のルールに参加した気分になる。
昭和の街は、
子供にとっての
優しい練習場でした。
便利さと引き換えに、消えたもの
今は、
飲み終われば捨てるだけ。
早くて、楽で、清潔。
けれど、
瓶を返しに行く手間があったからこそ、
一杯のコーラを、
私たちは大切に味わっていたのかもしれません。
まとめ:放課後に鳴っていた、昭和のBGM
指先に残る、
栓抜きの感触。
耳に残る、
「ガコン!」と「シュポッ!」。
ポケットで鳴った、
10円玉の音。
あれら全部が混ざり合って、
昭和の放課後のBGMを作っていました。
「瓶のコーラ」は、
ただの飲み物ではありません。
それは、
冷たさと一緒に、
小さな責任と大きな喜びを教えてくれた、
忘れられない一杯だったのです。
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