なんだか気持ちがすっきりしない。
怒っているわけでも、悲しいわけでもない。
でも、心のどこかが重たく曇っている——。
そんなとき、人はよくこう言います。
「もやもやする。」
この“もやもや”という言葉には、
言葉にできない心のにごりをやさしく包み込む力があります。
日本語には「はっきり言わないこと」への否定的な印象もありますが、
“もやもや”はそのあいまいさをそのまま受け止める言葉。
この記事では、「もやもや」という表現の意味、語源、使い方、
そしてその裏にある心のメカニズムを深掘りしていきます。
「もやもや」の意味と使われ方
「もやもや」とは、
心や頭の中がはっきりせず、すっきりしない状態を表す擬態語です。

もともと「もや」は“靄(もや)”や“霧(きり)”を表す言葉。
そこから派生して、視界がぼんやりしているような心理的状態を比喩的に使うようになりました。
「もやもや」は「曇りの中の感情」
心にモヤがかかって、先が見えない。
まさにこの感覚こそ「もやもや」です。
「怒り」や「悲しみ」のように明確な感情ではなく、
複数の思いが入り混じって、形を持たない状態。
たとえば——
-
なんとなく納得がいかない
-
誰かに言いたいけれど言えない
-
過去の出来事がふと頭をよぎる
そんなときに人は「もやもやする」と言います。
例文で見る「もやもや」
・昨日の会話を思い出すと、なんだかもやもやする。
・結果は出たけど、心のどこかがもやもやしている。
・もやもやを抱えたまま、週末を迎えてしまった。
どの文にも共通しているのは、
「解決していない気持ち」「納得していない自分」がいるということ。
“もやもや”は、感情がまだ整理されていない状態をやさしく表す言葉なのです。
「もやもやする」は便利な“クッション言葉”
日本語の「もやもや」には、
直接的な表現を避けつつ、相手に不快感を伝えられる心理的な緩衝材としての機能もあります。
「怒っているわけじゃないけど、ちょっともやもやしてて…」
この一言により、相手への攻撃を避けながら、
自分の感情を率直に共有することができます。
つまり、“もやもや”は感情を曖昧にする言葉ではなく、
感情を傷つけない形で伝えるための日本語的工夫なのです。
「もやもや」は、心の霧。
見えにくいけれど、確かにそこにある気持ちを映し出す言葉です。
「もやもや」の語源と、心とのつながり
「もやもや」は、もともと自然現象を表す言葉でした。
古語の「靄(もや)」が語源で、
これは“空気中に水蒸気や微粒子が立ちこめて視界がぼんやりする”状態を意味します。
「靄(もや)」とは何か
「霧(きり)」よりも薄く、
「霞(かすみ)」よりも湿った、
その中間のような存在——それが「靄(もや)」です。
つまり、「もやもや」とはもともと**“はっきり見えないけれど、確かにそこにあるもの”**を指していたのです。
その曖昧さが、人の心の曇りに重ねられるようになり、
現代では心理状態を表す擬態語として定着しました。
「自然現象 → 心の現象」への変化
日本語には、自然の移ろいを心の動きに重ねる文化があります。
「晴れやかな気分」「心が曇る」「波立つ心」「胸がつかえる」
これらはいずれも、自然や身体の現象を感情に投影する比喩。
「もやもや」もその流れの中で生まれた、日本語の“情緒的転用”のひとつです。
「もやもや」は“解ける”もの
興味深いのは、「もやもや」が天気のように変化する感情として扱われることです。
「話したら、もやもやが晴れた」
「もやもやが残る」
このように使うと、まるで心の天気予報のよう。
「もやもや」は永続する感情ではなく、
時間とともに“晴れる”“薄れる”という動きを持っています。
それは、「気持ちは変わる」「曇りもやがて晴れる」という
日本人の自然観と調和した心理観を表しているのです。
「もやもや」は、心の天気。
曇りの向こうに光があることを、静かに教えてくれる言葉です。
「もやもや」と似た言葉との違い
「もやもや」は、日常でよく使われる感情表現ですが、
似たような擬態語に「イライラ」「ザワザワ」「クヨクヨ」などがあります。
いずれも“気持ちの乱れ”を表しますが、
実はその方向性と温度が少しずつ違います。
「イライラ」——外に向かう不満
「イライラ」は、怒りや焦りなど、エネルギーの出口を求める感情です。
体の内側で熱を帯び、外へ向かって爆発しそうな状態。
「渋滞でイライラする」
「思い通りにいかなくてイライラする」
“行動したいのにできない”というストレスが背景にあります。
一方、「もやもや」はもっと静か。
感情の方向が外ではなく、内にこもるのが特徴です。
「ザワザワ」——周囲に反応する不安
「ザワザワ」は、心の中ではなく周囲の空気のざわめきを感じ取る言葉。
「会場がザワザワして落ち着かない」
「何か不穏な気配にザワザワする」
自分の中というより、外部の“動き”に感情が引っ張られる状態です。
対して「もやもや」は、自分の中に原因がある場合が多い。
外の世界ではなく、自分自身との対話に近い言葉です。
「クヨクヨ」——過去に引きずられる思考
「クヨクヨ」は、過去の出来事を反すうして抜け出せない状態を指します。
「あのときの失敗をクヨクヨしている」
「言わなければよかったとクヨクヨ考える」
頭の中で同じ映像がぐるぐると繰り返され、
時間の流れが止まったように感じる。
一方、「もやもや」はそこまで深刻ではなく、
整理できていない今の感情を表します。
違いをまとめると
| 表現 | 感情の方向 | 主な原因 | ニュアンス |
|---|---|---|---|
| イライラ | 外向き | 他人・状況 | 爆発しそうな不満 |
| ザワザワ | 外向き | 周囲の変化 | 不安・緊張 |
| クヨクヨ | 内向き | 過去の後悔 | 思考の堂々巡り |
| もやもや | 内向き | 曖昧な不満・迷い | 言葉にできない曇り |
「もやもや」は、動かない感情。
すぐに晴れないけれど、激しくもない。
その“中間の静けさ”こそが、日本語の繊細さを映しています。
まとめ:「もやもや」とうまく付き合うということ
「もやもや」という言葉は、
心の中に小さな曇りが生まれたときに、
その状態をそっと“見える化”してくれる日本語です。
現代では「ポジティブでいよう」「すぐに切り替えよう」と言われがちですが、
人の心はそんなに単純ではありません。
すぐに晴れない日もある。
理由のわからない重さを抱える日もある。
そんなとき、無理に答えを出さなくてもいい——。
「もやもやするな」と言葉にすることで、
心の中に“居場所”を作ってあげることができます。
「もやもや」は、感情のグレーゾーン
「怒り」や「悲しみ」のようにハッキリした色ではなく、
「もやもや」はグレーのような曖昧な感情。
でも、そのグレーには意味があります。
それは気づいていない気持ちのサイン。
心が何かを整理しようとしている途中の、
“思考の曇り空”なのです。
曇りの中にある光
もやもやをすぐに追い払おうとせず、
少し距離をとって見つめてみると、
その奥に小さな光が見えてくることがあります。
「なぜこんな気持ちになるんだろう」
そう問いかけた瞬間、
“自分の本音”が顔を出すのです。
「もやもや」とは、
心の中で何かが動き出している証拠。
まだ形にならない感情が、
静かに言葉を探している時間なのです。
曇りのままでいい時間がある。
もやもやは、心が“整う前の揺らぎ”。
その曇りを受け入れたとき、人は少しだけやさしくなれる。

