昭和の身体検査は、逃げ場のない時間でした
昭和40年代の身体検査というのは、今ではちょっと考えにくいほど、人前で行われるものでした。
先生が身長や体重を大きな声で読み上げ、それを別の先生が記録していく。
つまり、自分の体の数字がその場にいるみんなに聞こえてしまうわけです。
痩せっぽちだった私にとって、あれは一年の中でもかなり憂鬱な時間でした。
数字そのものが嫌というより、
「やっぱり細いな」
「小さいな」
と、周囲に思われるのが何よりつらかったのです。

今でも忘れられない場面があります。
計測が終わって服を着ていた時、担任の先生が私の背中に向かって、こんなことを言いました。
「親父さんの名前は“つよし”なのに、なんで息子はあんなに弱々しいんだ?」
今なら問題になるような言葉でしょう。
でも当時は、先生というのは絶対的な存在でした。
言い返すこともできず、ただ小さくなって、その言葉を飲み込むしかありませんでした。
あれもまた、良くも悪くも“昭和”だったのだと思います。
「白いギター」と一緒によみがえる苦笑い
中学生になると、日曜の昼に「TVジョッキー」という番組をよく見ていました。
その中に「ガリガリ人間大会」というコーナーがありました。
今の感覚で考えると、なかなか強烈な名前ですが、当時はそういう番組が普通に成り立っていたんですね。
そして、その放送の翌日になると、決まってクラスメイトが言うのです。
「お前も出ればよかったのに」
「優勝したら白いギターもらえたのに」
あの「白いギター」という響きまで、今でも妙に記憶に残っています。

相手に深い悪気があったのかどうかは、正直よくわかりません。
ただ、こちらとしては笑うしかありませんでした。
苦笑いしながらやり過ごしても、心の中ではしっかり傷ついている。
あの頃の私は、そんなことの繰り返しだった気がします。
大人になっても、コンプレックスは簡単には消えなかった
社会人になり、一人暮らしを始めても、痩せた体への引っかかりは消えませんでした。
見た目のことを気にしすぎるのは良くない、と頭ではわかっていても、長年しみついたコンプレックスというのは、そう簡単には抜けないものです。
そしてある日、私はついに
「自分を変えたい」
と思い立ちました。
向かった先はデパート。
目的は、筋トレ器具のブルーワーカーです。
当時の私にとって、それは“逞しい体”への入口のような存在でした。
けれど、現実はなかなか格好よくはいきません。
会計を済ませたあと、店員さんが渡してくれたのは、包装紙に包まれていない剥き出しのブルーワーカーでした。
あの細長い箱をそのまま抱えて帰るしかなかったのです。

帰り道、すれ違った女子高生たちの笑い声。
もちろん、私のことを笑っていたとは限りません。
でも、あの時の私には、そうとしか思えませんでした。
「体を鍛えたいんです」
「今の自分が嫌なんです」
そんな心の内側を、そのまま世間に見せながら歩いているような気がして、妙に恥ずかしかったものです。
あの時の何とも言えない居心地の悪さは、今でも忘れられません。
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それでも、あの頃の自分を今は少し認めてやりたい
こうして振り返ると、若い頃の私はずいぶん「痩せている自分」に振り回されていました。
身体検査で傷つき、
冗談めかした言葉に苦笑いし、
ブルーワーカーを抱えて赤面しながら帰る。
どれも小さな出来事ではありますが、その時の私には、どれもそれなりに切実でした。
けれど還暦を過ぎた今の私は、もうあの頃の“ガリガリの青年”ではありません。
むしろ、標準体重の、そこらにいる普通のオジサンです(笑)。
若い頃には「もっと体が大きくなりたい」と思っていたのに、今では「健康で普通に暮らせること」のありがたさをしみじみ感じます。
コンプレックスは、いつの間にか別のものに変わっていた
久しぶりに会う同級生の中には、病気で苦労している人もいますし、もうこの世にいない人もいます。
そんなことを思うと、かつて
「弱々しい」
と言われた私が、今こうして元気に過ごしていられることは、なかなか不思議なものです。
若い頃は短所だと思っていたことが、長い人生の中では必ずしも短所のままとは限らない。
そんなことも、年を重ねてようやくわかってきました。
痩せていたことも、傷つきやすかったことも、今となっては全部ひっくるめて私の一部です。
あの頃のコンプレックスは、消えたというより、時間の中で少しずつ形を変えたのかもしれません。
悩みの種だったものが、いつの間にか“しぶとく生きてきた証拠”のようにも思えてくるのです。
まとめ
昭和の身体検査、テレビ番組のからかい、ブルーワーカーを抱えて歩いた帰り道。
痩せすぎだった私は、ずいぶん長いこと自分の体に引け目を感じてきました。
けれど今振り返ると、そのどれもが、若い頃の私なりの必死さだったのだと思います。
人は、若い頃にはどうしても「人と違うこと」を気にしてしまうものです。
特に体つきのように目に見えることは、なおさらです。
でも、人生は思ったより長く、評価の物差しもいつの間にか変わっていきます。
今こうして、美味しいものを食べられて、日々を穏やかに過ごせて、愚痴を聞いてくれるカミさんがそばにいる。
それだけで、もう十分ありがたい。
「健康でよかった」
今は、その一言が、あの頃の自分へのいちばんやさしい返事のような気がしています。
過去のツライ記憶は、無理に消そうとするよりも、こうして「歴史」として受け入れることで、ようやく自分の一部になってくれる気がします。そもそも、人はなぜ「忘れたいこと」ほど鮮明に覚えてしまうのでしょうか。脳のストレージをパンクさせないための、言葉と記憶の整理術。そんな「忘れる」と「覚えている」の不思議な関係については、こちらで詳しく紐解いています。

