昭和40年代、身体検査の「公開処刑」
昭和40年代の身体検査は、今では考えられないほど「オープン」なものでした。
先生が大きな声で読み上げる身長と体重。それを別の先生が記録する。
その場にいる全員に自分の数値が筒抜けになるあの時間は、痩せっぽちだった私にとって、一年で一番憂鬱な日でした。

忘れられない記憶があります。
計測後、服を着ていた私の背中に届いた、担任の先生の言葉。
「親父さんの名前は『つよし』なのに、なんで息子はあんなに弱々しいんだ?」
当時、先生は絶対的な存在。
怖くて反論などできず、ただ小さくなってその言葉を飲み込むしかありませんでした。
今なら大きな問題になるような発言ですが、それが「昭和」という時代でした。
「白いギター」と苦笑いの日曜日
中学生になると、日曜昼の「TVジョッキー」という番組が流行りました。
その中の「ガリガリ人間大会」というコーナー。その放送があった翌月曜日は、決まってクラスメイトから声がかかります。
「〇〇くんも出ればよかったのに」
「優勝したら、あの白いギターがもらえるのに」
悪気のない、でも執拗なからかい。
私はただ、引きつった顔で苦笑いするしかありませんでした。
心の中では「ギターなんて欲しくないよ」と叫んでいながら。

剥き出しの「理想」と、恥じらいの帰り道
社会人になり、一人暮らしを始めてからも、痩せた体へのコンプレックスは消えませんでした。
ある日、私はついに決意してデパートへ向かいました。
手にしたのは、逞しい体の象徴、筋トレ器具の
「ブルーワーカー」です。
ところが、店員さんに渡されたのは包装紙も何もない、剥き出しの状態。
それを小脇に抱えて帰る道すがら、すれ違う女子高生たちにクスクスと笑われたあの羞恥心は、今でも鮮明に覚えています。

自分を変えようとする必死さが、そのまま世間に晒されているような、なんとも言えない恥ずかしさ。
あの時、笑われながら持ち帰った「重み」もまた、私の歴史の大切な一コマです。
👉 【絶滅危惧物】ブルーワーカー : 包装紙に包まれなかった「理想の自分」と、恥じらいの帰り道
コンプレックスを「しぶとさ」に変えて
あんなに私を悩ませた「痩せすぎ」というコンプレックスですが、還暦を過ぎた今、私はもう、あの頃のガリガリではありません。
むしろ標準体重の、どこにでもいる「普通のオジサン」です(笑)。
久しぶりに会う同級生の中には、病に倒れたり、静かにこの世を去ったりした者もいます。
「弱々しい」と揶揄された私が、今こうして誰よりも「しぶとく」健康でいられている。
それは、弱々しいと言われた、あの頃の自分には想像もできなかった未来です。
今、こうして美味しいご飯を食べ、標準体重を維持できている幸せ。そして、日々の愚痴を優しく聞いてくれるカミさんがいる日常。
「健康でよかった」
そんなシンプルな実感が、かつてのツライ記憶に対する何よりの答えなのかもしれません。
過去のツライ記憶は、無理に消そうとするよりも、こうして「歴史」として受け入れることで、ようやく自分の一部になってくれる気がします。そもそも、人はなぜ「忘れたいこと」ほど鮮明に覚えてしまうのでしょうか。脳のストレージをパンクさせないための、言葉と記憶の整理術。そんな「忘れる」と「覚えている」の不思議な関係については、こちらで詳しく紐解いています。
