新米だった頃の私は、まだ工場の空気に飲まれていました
高校を出て就職し、私が最初に飛び込んだのは自動車ディーラーの世界でした。
配属されたのは、サービスフロント。
お客様と整備現場をつなぐ、いわば“窓口役”です。
今でこそ自動車整備の話もそれなりにできますが、当時の私は二十歳そこそこの新米。
工場に漂う油の匂い、工具の音、そしてベテラン整備士の先輩方の存在感に、どこか圧倒されっぱなしでした。
現場の先輩たちは、技術も経験も桁違いです。
私など、口を挟むのも気後れするような毎日でした。
それでも、昼休みやちょっとした手の空いた時間になると、空気が少し和らぎます。
そんな時に始まるのが、新型車や新しいエンジンの話でした。
車好きの先輩たちが、まるで少年のような顔で語る新型車の噂話。
それを横で聞いているだけでも、若かった私には十分わくわくする時間だったのです。
工場の片隅で飛び交っていた「5M」という響き
ある日の休憩時間のことでした。
工場の片隅で、先輩たちが何やら熱っぽく話しています。
耳をすませると、話題は近々出る新型車のエンジンのことでした。
メーカーが力を入れて開発している、新しい2800ccエンジンが載るらしい。
当時の私はまだ詳しいことまではよくわかっていませんでしたが、先輩たちの口ぶりから、それがかなりの“大物”であることだけは伝わってきました。
それまで2000ccが「M型」、2600ccが「3M型」。
そこからさらに進化して、今度は――
「ついに5M(ゴーエム)だな」
そんな声が、誇らしげに飛び出しました。
「5Mか、そりゃすごいだろうな」
「今度のは相当いいぞ」
先輩たちの期待は膨らむばかりです。
工場の隅っこに、ちょっとした未来への興奮が満ちていました。
そこで私の頭に浮かんだのは、最先端の技術ではありませんでした
ところが、その「5M(ゴーエム)」という響きを聞いた瞬間、私の頭に浮かんだものは、最新エンジンの姿ではありませんでした。
なぜか、ふっと故郷の風景が出てきたのです。
私の実家は小さな集落にあり、近所の家は名前ではなく「屋号」で呼び合うのが当たり前でした。
今の若い方には少しなじみが薄いかもしれませんが、昔の田舎ではそれが自然だったんですね。
そして、うちのすぐ前にあった家の屋号が――
「五右衛門(ごうえもん)さん」でした。
私たちは親しみを込めて、その家を「ごえむさん」と呼んでいたのです。
その「ごえむさん」の向かいの私の実家は「五右衛門風呂」でした
そう、先輩たちが口にした「ゴーエム」という響きは、私にとっては最先端のエンジンではなく、そんな田舎の風景と結びついてしまったのです。
そう、先輩たちが熱く語っていた「ゴーエム」という音と、私の中ではぴったり重なってしまったのです。
思わず口にしたひと言で、工場の空気が止まりました
気がついた時には、もう口が動いていました。
「あの……」
先輩たちがこちらを向きます。
普段あまり話の輪に入れない新米が、珍しく何か言おうとしている。そんな空気でした。
私はごく真面目に言いました。
「自分ちの前の家の屋号が、“ごえむさん”って言うんです」
一瞬、工場の音が遠くなったような気がしました。
先輩Aさん、沈黙。
先輩Bさん、きょとん。
あの「間」は、今でも覚えています。
何を言い出したんだこいつは、という空気と、でも何かがおかしいぞという気配が、数秒の間にぎゅっと詰まっていました。
そして次の瞬間――
「……バカいってんじゃないよ!」
そう言って、先輩たちは腹を抱えて笑い出しました。

整備工場でのギャグがウケた瞬間
さっきまで最先端技術の結晶として語られていた「5Mエンジン」が、私の一言で一気に田舎の「ごえむさん」へと変わってしまったのです。
あれは失言だったのか、仲間入りだったのか
あの時の私は、もちろん笑いを取りにいったつもりはありませんでした。
本当に、ただ思い出してしまったのです。
頭に浮かんだ故郷の情景と、目の前で語られていた「ゴーエム」が、あまりに自然につながってしまって。
でも結果としては、それが大ウケでした。
今思えば、あの一言は、新米だった私なりの“仲間入り”のきっかけだったのかもしれません。
仕事の腕ではまだまだでも、ああいうくだらない一言で先輩たちが笑ってくれたことで、少しだけ工場の空気の中に自分の居場所ができたような気もするのです。
そして考えてみれば、あれが私のおやじギャグ人生の原点だったのかもしれません。
数多くの不発弾を撃ってきた中で、あれは数少ない“ちゃんとウケたダジャレ”でしたから。
40年たった今でも、「5M」の文字を見るとあの笑い声が聞こえる
あれから40年以上が過ぎました。
当時の新型車も、今では立派な旧車やクラシックカーの仲間入りです。
けれど私は今でも、「5M」という文字を見るたびに、あの工場の笑い声を思い出します。
そして同時に、実家前の「ごえむさん」の家の生垣や、あの田舎の空気まで一緒によみがえってくるのです。
言葉というのは不思議ですね。
たったひとつの音で、一瞬にして昔の景色まで連れてきてしまう。
「ゴーエム」という最先端の響きが、私にとっては今でも、どこか土の匂いのする「ごえむさん」と重なっているのです。
まとめ
昭和の仕事場には、今よりずっと雑多で、人間くさくて、どこか笑いのある空気がありました。
新型エンジンに胸を躍らせる先輩たち。
その輪の中で、場違いなひと言を口にしてしまった新米の私。
そして、腹を抱えて笑ってくれた整備士の先輩たち。
あれは小さな失言でしたが、今振り返ると、ただ恥ずかしいだけの記憶ではありません。
仕事のことも世間のこともまだよくわかっていなかった私が、言葉ひとつで少しだけその場に溶け込めた、そんな瞬間だった気もするのです。
今思うと、よくこんな細かな出来事を覚えていたものだな、と思います。
でもきっと、それだけあの時の笑い声がうれしかったのでしょうね。
皆さんの記憶の中にも、言葉の響きひとつで一気に昔の景色が立ち上がる、そんな可笑しな思い出はありませんか。
ちなみに、私の田舎に多かった『五右衛門』や『左衛門』という屋号。実はこの左右の違いには、驚くべき歴史的背景があるのをご存知ですか?気になる方は、こちらの解説をどうぞ。👉 [わーどっち:右衛門と左衛門の違い]
あの頃の熱いエンジン音を思い出すと、また当時の名車を眺めたくなりますね。これを見ながら晩酌するのも、大人の贅沢な時間かもしれません。 👉 【昭和の名車】懐かしの国産車たちが1冊に。当時の熱狂をもう一度]

