「ガコン!」という音から、あの時間は始まりました
真夏の昼下がり。
赤い自販機の前に立つと、なぜか少しだけ背筋が伸びたものです。
10円玉を数枚入れ、ボタンを押す。(70円くらいだったかな…)
ガコン!
あの重たい音と一緒に、瓶同士が触れ合う独特の響きが返ってくる。
それだけで、もう少しうれしくなっていました。
今のペットボトルの自販機にはない、一瞬の緊張感と期待感。
あの頃の瓶コーラには、ただ喉を潤す以上の“何か”があった気がします。

瓶のコーラは、買っただけでは飲めませんでした
今の感覚で言うと少し不思議かもしれませんが、当時の瓶コーラは、買ってすぐそのまま飲めるわけではありませんでした。
自販機の横に付いていた、あの栓抜き。
瓶の王冠をそこに引っかけて、角度を確かめ、一気に力をかける。
シュポッ!
あの瞬間の指先の感触。
王冠が外れた時の小さな振動。
白く立ち上る冷気のようなものまで、今でも思い出せそうです。
けれど、これは意外と簡単ではありません。
角度が悪いと泡が吹きこぼれるし、力のかけ方が中途半端だと、うまく開かない。
ただコーラを飲むだけなのに、そこには小さな“儀式”がありました。
今思えば、あれはまさに自販機との真剣勝負でした。
瓶で飲むコーラは、やっぱり特別でした
そして、ひと口飲んだ時のあの感覚。
瓶の口に唇が触れる冷たさ。
ガラス越しに伝わる、ずしっとした冷え。
炭酸の鋭さ。
今でも「瓶のコーラはうまい」と言う人がいますが、あれは本当にそうだと思います。
ペットボトルとはどこか違う。缶とも違う。
あのガラスの重みごと、コーラのうまさに含まれていたような気がするのです。
「ちゃんとしたコーラを飲んでいる」
そんな、ちょっと大げさな満足感がありました。
ただ、私はあの“ゴクゴク”ができませんでした
とはいえ、ここでひとつ問題がありました。
私は昔から、炭酸飲料をゴクゴク飲めないのです。
今でもそうなのですが、一気に飲むとしゃっくりが出てしまう。
だから、テレビCMのように豪快にコーラをあおることができませんでした。
あの頃、コーラを本当にうまそうに飲む友達がうらやましかったものです。
瓶をぐいっと傾けて、喉を鳴らすように飲む。
見ているこちらが気持ちいいくらいの飲みっぷりでした。
それに比べて私は、ちびちび、ちびちび。
みんなが飲み終えて、空き瓶を備え付けの木のケースに戻し、自販機の前を離れようとしても、私の瓶にはまだ半分以上残っている。
「お前、まだ飲んでんのか」
そんな空気になることも、しょっちゅうでした。
たかがコーラひとつで、子どもなりに少しだけ気まずい思いをしていたわけです。
瓶コーラの周りには、いつも友達がいました
でも考えてみれば、あの自販機の前には、いつも友達がいました。
ひとりで静かに飲むというより、
遊びの途中に立ち寄って、
みんなで並んで、
誰が先に飲み終わるか、なんとなく比べ合っていた。
だからこそ、私のように飲むのが遅い人間には、少々つらいところもありました(笑)。
けれど、その少し面倒くさい感じも含めて、今では懐かしいです。
ただ飲み物を買うだけではなく、そこには子ども同士の付き合いや、ちょっとした見栄や遠慮まで混ざっていました。
瓶コーラは、ただ冷たい飲み物だったのではなく、
友達との時間そのものだったのかもしれません。
「カラン」という音も、昭和の一部でした
栓を抜いた王冠が落ちる音。
カラン。
たったそれだけの音なのに、妙に気持ちがよかったのを覚えています。
うまく開けられた。失敗しなかった。
そんな小さな達成感がありました。
今の飲み物は、キャップをひねれば終わりです。
便利ですし、清潔です。もちろん、それはそれでありがたい。
でも昔の瓶コーラには、
「買う」
「開ける」
「飲む」
というひとつひとつの動作に、ちゃんと手応えがありました。
便利さと引き換えに、消えてしまったもの
今の自販機は便利です。
飲み終われば、ラベルもキャップもまとめて捨てられる。
軽くて持ち運びもしやすい。
それは間違いなく進歩です。
けれど、栓抜き付き自販機の前に立った時に感じたあの独特の期待感や、瓶の冷たさ、王冠を抜く時の緊張感までは、もう戻ってきません。
便利になった代わりに、
ひと手間の中にあった喜びが、少しずつ消えていったのかもしれません。
まとめ
瓶のコーラと栓抜き付き自販機。
そこにあったのは、ただの昭和レトロではありません。
ガコン!
シュポッ!
カラン。
あの音の一つひとつが、昭和の放課後や夏の空気をそのまま閉じ込めているように思います。
そして私にとって瓶のコーラは、
「みんなみたいにゴクゴク飲めない」
という、ちょっとした悔しさまで一緒に思い出させる存在でもあります。
でも今となっては、その少し不器用な飲み方も含めて、あの頃の自分らしさだったのでしょう。
瓶のコーラは、ただの飲み物ではありませんでした。
それは、冷たさと一緒に、友達との距離感や、小さな気まずさや、子どもの喜びまで教えてくれた一杯だったのです。
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「図書館からの帰り道、腕に『グルービーケース』を抱えて歩く。その疲れを吹き飛ばしてくれたのは、道端の自販機で鳴らす『シュポッ』というあの爽快な音でした。

