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【絶滅危惧語】「お転婆(おてんば)」 ―― 昭和の空を駆け抜けた、自由で元気な女の子たちの称号

お転婆(おてんば)は死語?昭和の元気な女の子を象徴する言葉の由来と思い出 昭和レトロ慣用句/絶滅危惧語

「お転婆(おてんば)」という言葉を、最近耳にしたことはあるでしょうか。
かつてはごく自然に使われていたこの言葉も、今ではすっかり聞かれなくなりました。まさに「絶滅危惧語」と呼ぶにふさわしい存在かもしれません。

昭和の頃、近所の元気な女の子を指して
「あそこの家のお嬢さんは、お転婆でねぇ」
そんなふうに語られることがありました。

そこには少しのハラハラ感と、たっぷりの親しみが込められていました。
単に「元気」というだけではなく、どこか型に収まりきらない自由さを感じさせる、響きの可愛い言葉だったように思います。

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言葉の由来と、昭和の風景

「お転婆」という言葉の語源には、オランダ語の
ontembbaar(手に負えない)
が由来ではないか、という説があります。

真偽はさておき、この意味を知ると、昭和の風景が自然と浮かんできます。

路地裏を誰よりも速く駆け抜ける女の子。
木に登り、塀の上を歩き、スカートを翻しては大人を驚かせる存在でした。

膝は擦りむけ、服は泥だらけ。
叱られても、その瞳はどこか楽しそうで、決して萎縮してはいません。

スカートを履いていようが、男子に混じって遊ぶ。
転んでも泣かず、また走り出す。

あの頃の「お転婆」には、言葉通り、手に負えないほどの生命力がありました。

「お転婆」に込められた、大人の眼差し

「お転婆」という言葉は、決して否定だけを含んだ表現ではありませんでした。
むしろそこには、周囲の大人たちの複雑で温かな感情が込められていたように思います。

「お転婆なんだから、もう……」

そう言いながらも、どこか笑っている。
叱っているようで、完全には止めない。

その言葉の裏には、
「元気でいてほしい」
「型にハマらず、のびのび育ってほしい」
そんな肯定感が、静かに存在していました。

もしかすると大人たちは、
自分たちが忘れてしまった自由さを、彼女たちに重ねて見ていたのかもしれません。

「お転婆」という呼び方には、
その奔放さを少し羨むような、優しい眼差しが隠れていた気がします。

なぜ「お転婆」は消えたのか

では、なぜ「お転婆」という言葉は使われなくなったのでしょうか。

その背景には、「女の子らしく」という価値観の変化があります。
かつて当たり前だった性別による役割分担や期待は、現代では大きく見直されました。

今は、性別に関係なく
「自分らしく」
「やりたいことをやる」
ことが尊重される時代です。

そう考えると、
「お転婆」という言葉で、特定の行動を区別する必要がなくなったのは、確かに良い変化です。

しかし一方で、
あの言葉が持っていた愛嬌のあるやんちゃさや、
少し笑いを含んだ温度感も、一緒に消えてしまったように感じられます。

言葉が整理され、意味が明確になるほど、
曖昧で、情緒的な表現は姿を消していく。
それもまた、時代の流れなのかもしれません。

まとめ:言葉は消えても、あの日の輝きは

「お転婆」という言葉は、今ではほとんど使われなくなりました。
辞書の中や、昭和の記憶の中に、そっと残る存在です。

けれど、あの頃「お転婆娘」と呼ばれていた少女たちの、
眩しいほどのエネルギーが消えてしまったわけではありません。

今、社会の中を颯爽と歩く女性たち。
自分の意思で進路を選び、言葉を発し、行動する姿の中に、
かつてのお転婆娘たちの面影を見ることがあります。

形は変わっても、
あの跳ねるような精神は、確かに今も生きています。

言葉は死語になっても、
あの日の輝きまでは、消えないのです。

あなたの同級生に「お転婆」さんはいませんでしたか?                  もしかしてあなただったりして・・・

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