その一言が、せっかくの謝罪を台無しにする
先日、ある相談を目にしました。
取引先からの謝罪メールの締めに
「作業を早めていきますので、ご了承ください」
と書かれていて、ひどくモヤモヤしたという話です。
「ご了承ください」という言葉。
日常でよく耳にしますが、実はこれ、
「こちらの事情を納得して、受け入れてください」という、強い「納得の強要」が含まれた言葉なのです。
本来、謝罪とは相手の気持ちに寄り添うもの。
それなのに最後に「納得しろ」と突きつけられては、相手が「なんだか理不尽だな」と感じるのも無理はありません。

昭和の時代に学んだ「お詫びの引き際」
昭和の仕事の現場では、今ほどメールは普及していませんでした。
お詫びといえば、直接足を運ぶか、電話。
そこには「言葉のニュアンス」や「間の取り方」という、生身のやり取りがありました。
当時、先輩から厳しく教わったのは、「お詫びの時は、こちらから勝手に幕を引いてはいけない」ということです。
今回のケースで言えば、「遅れを取り戻すために急ぎます」までは良いのですが、その後の判断は相手に委ねるべきなのです。
「ご了承ください」と自分で幕を引くのではなく、「ご猶予をいただけますでしょうか」と伺いを立てる。
この「相手に一歩譲る姿勢」こそが、誠意の正体ではないかと思うのです。
理不尽な謝罪に、どう向き合うか
もし、私たちがこうした「誠意の感じられない謝罪」を受けた時、どう対処すればよいのでしょうか。
腹を立てて正論で論破するのも一つの手ですが、それではこちらの血圧が上がるばかりで、後味もよくありません。
そんな時、私は心の中でこう唱えるようにしています。
「この人は、言葉の道具箱が少し足りないだけなんだな」と。
相手に悪気がない場合も多いのです。
ただ、適切な言葉の選び方を知らないだけ。
そう思うと、少しだけ心の波風が収まります。そして、こちらが返信をする時は、あえて丁寧すぎるほどの言葉を返してみる。
「承知いたしました。ご無理を強いるようですが、よろしくお願いいたします」と。
相手の土俵に乗らず、自分の土俵で、大人の対応を貫く。
それが「なんだかんだ商店」流の、理不尽への処方箋です。
誠実さは「語尾」に宿る
「ご了承ください」を、
「ご了承いただけますと幸いです」や
「ご容赦ください」に変えるだけで、角が取れて柔らかな印象になります。
言葉は、包丁のようなものです。 使い方を間違えれば相手を傷つけますが、丁寧に研いで使えば、人と人とを繋ぐ素晴らしい道具になります。
特に謝罪のような繊細な場面では、語尾の一つひとつに自分の「心」が乗っているかどうか。私も日々の言葉選びを、今一度「棚卸し」してみたいと思います。
皆さんは最近、言葉のトゲにチクリとしたことはありませんか?
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