手に入る前の「計算」が、一番危うい
「取らぬ狸の皮算用」ということわざ。
まだ手に入れていないものを、すでに自分のものにしたつもりで、あれこれ計画を立てたり、利益を計算したりすることを指します。
狸を捕まえる前から、その毛皮を売ったらいくらになるか……とソロバンを弾く様子から生まれた言葉ですが、現代の私たちの暮らしや仕事の中にも、この「狸」はあちこちに潜んでいます。
「皮算用」の由来と、言葉のニュアンス
この言葉の語源は、江戸時代の寓話にまで遡ります。
当時は狸の皮が高値で売れたため、欲に目がくらんで「捕らえた後の計算」に夢中になる滑稽さを揶揄したものです。
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例文:
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宝くじが当たったら何を買おうかと考えるのは、取らぬ狸の皮算用だ。
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ボーナスが出る前提でローンを組むのは、まさに取らぬ狸の皮算用と言える。
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「契約の印鑑」をもらうまでが勝負
かつて自動車の営業職をしていた頃、私はこの言葉の本当の怖さを思い知りました。
月次のミーティングで、上司から「今月の成約見込みはどうだ?」と詰められる場面。
少しでも良い報告をして上司を安心させたい(あるいは不機嫌を避けたい)という一心で、私は「ほぼ確実です!」と、まだ決まってもいない商談を「成約」として報告していました。
ところが、いざ蓋を開けてみると、他社に流れてしまったり、土壇場でキャンセルになったり……。
期待させた分、その後の落胆と叱責は凄まじいものでした。
その時、私は肝に銘じたのです。
「契約書に印鑑をもらうまでが勝負だ。それまでは全て『皮算用』に過ぎない」と。
淡い期待を現実に変えるのは、希望的観測ではなく、最後の一押しまで手を抜かない誠実な仕事だけなのだと教わりました。
まとめ:地に足をつけて「されど私」と進む
何事も「うまくいくはずだ」という淡い期待を抱くのは、人間らしいことかもしれません。
けれど、「ひやりとする」ような苦い経験を繰り返すと、本当の意味で地に足がついた仕事や生き方が見えてきます。
「契約書に印鑑をもらうまでが勝負だ。それまでは全て、皮算用に過ぎない」
上司の顔色を伺って報告していたあの頃の私に、そう言ってやりたいです。
自分の力なんて「たかが知れている」と謙虚に構えつつも、一歩ずつ着実に進む。
その積み重ねの先にだけ、本当に「鼻が高い」と思える瞬間が待っているのだと、今は確信しています。

