テレビの街頭インタビュー、スポーツ選手のヒーローインタビュー、記者会見。
マイクを向けられた人が、まず発する一言。
それは、ほぼ例外なく――
「そうですね」です。
質問の内容が何であれ、
感想を聞かれても、意気込みを問われても、
ときには厳しい指摘を受けても、まずは「そうですね」。
まるで、それが合図であるかのように。
この一言がなければ、日本のインタビューは始まらない。
そんな気さえしてきます。
では、なぜ私たちは無意識に「そうですね」を口にするのでしょうか。

「0.5秒」を稼ぐための、脳のギアチェンジ
まず考えられるのは、
「そうですね」が思考の準備時間として機能している、という点です。
突然質問を投げかけられたとき、
人の脳はすぐに答えを組み立てられるわけではありません。
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質問の意図を理解する
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どこまで話すかを判断する
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言葉を選ぶ
この一連の作業には、ほんのわずかですが時間が必要です。
「そうですね」は、そのためのアイドリングのようなもの。
唐突に話し出すのではなく、
一度質問を自分の中に着地させるためのクッションなのです。
沈黙を作らず、
かといって本題にもすぐ入らない。
この絶妙な“間”を生み出す役割を、「そうですね」は担っています。
「共感」と「全肯定」を示す、日本的ポーズ
「そうですね」が興味深いのは、
必ずしも「同意」を意味していない点です。
実際には、
この後に「しかし」「一方で」と続き、
否定的な意見が語られることも少なくありません。
それでも、最初に「そうですね」と言う。
これは、
「あなたの質問を、きちんと受け取りました」
というサインだと考えられます。
質問の中身に賛成しているわけではない。
けれど、問いかけそのものを尊重している。
いきなり結論を叩きつけるのではなく、
まず相手の言葉を受け止める。
そこに、日本人特有の「和」や「配慮」の文化が見えてきます。
現代の「句読点」としての「そうですね」
もう一つの役割は、
「そうですね」が会話の句読点として機能している点です。
インタビューは、
答える本人だけでなく、視聴者や聞き手も参加する場です。
「そうですね」という一言があることで、
-
今から話が始まりますよ
-
これから考えを整理して話しますよ
という予告が、自然に伝わります。
沈黙を恐れがちな現代において、
「そうですね」は、
最短で出せる“正解に近い音”なのかもしれません。
間を作り、空気を整え、
場のテンポをそろえる。
まさに潤滑油のような言葉です。
まとめ:「そうですね」に隠れた、言葉の優しさ
私たちは日常会話でも、
無意識に「そうですね」を使っています。
-
会議で意見を求められたとき
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相談を受けたとき
-
即答できない質問をされたとき
それは単なる癖(くせ)ではなく、
相手と場を尊重するための、
とても実用的な知恵なのかもしれません。
「そうですね」と一度受け止めることで、
会話は角が取れ、
衝突を避け、
次の言葉を迎える余白が生まれます。
何気なく使っているこの一言には、
日本人のコミュニケーション感覚――
間を大切にし、相手を立て、場を調和させる文化が、
ぎゅっと凝縮されているのです。
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