「やりすぎ」と言われても、止められない理由
日常の何気ないシーンで、店員さんに「ありがとうございます」と伝えて会釈をする。
そんな素敵な習慣を「やりすぎだ」と言われてしまったら、誰だって戸惑ってしまいますよね。
自分では良かれと思っているのに、他人から見れば「下手に出すぎている」とか「客なんだから当然」と映ってしまう。
でも、私はこう思います。ありがたいと思うから、言う。それはごく自然で、とても人間らしい、美しい行為ではないでしょうか。
「こちらこそありがとうございます」という視点
お店で買い物をしたとき、店員さんから「ありがとうございました」と言われるのは日常の風景です。
しかし、そこで「こちらこそ、ありがとうございます」と返せたら、世界は少しだけ優しくなります。
例えば、ずっと探していたもの、欲しかったものをそのお店で見つけたとき。
「この商品をここに揃えておいてくれて、ありがとう」
「私が欲しかったものを、今ここで手渡してくれて、ありがとう」
そんな気持ちが湧いてくるのは、決して不自然なことではありません。

お金を払っているのだから当然、という考え方もありますが、「手に入って嬉しい」という喜びを「こちらこそ」という言葉に乗せて伝える。
それは、売り手と買い手の双方が幸せになれる、最高に贅沢な「心の物々交換」です。
言葉は、受け取る側の「解釈」に委ねる
「ありがた迷惑かもしれない」と心配する優しさは大切です。
でも、結局のところ、嬉しいと感じるか迷惑と感じるかは相手の受け取り方次第。
しかし、想像してみてください。
忙しい業務の中で、お客さんから「こちらこそありがとう」と不意に言われた店員さんの顔を。
おそらく、ハッとして、その後に少しだけ誇らしい気持ちで仕事に戻れるはずです。
言葉の重みや伝え方に迷ったときは、こちらの記事も参考にしてみてください。

店主の独り言:自分も相手も、いい気持ちになるために
「ありがとう」を言う癖がついている人は、自分の「幸せの感度」が高い人なのだと思います。
手に入れた喜びを言葉にすることで、自分の満足感もさらに高まり、相手にも喜びを分けることができる。
ご友人の言う「やりすぎ」という言葉に惑わされず、その「しなやかな感性」を大切にしてほしい。
「こちらこそ」と言える人が増えれば、なんだかんだ言っても、この世の中はもっと暮らしやすくなると思います。
「良い言葉を使って、良い記憶を貯めていきましょう」
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