誰かが急に立ち上がったとき、
つい「おもむろに立ち上がった」と言ってしまうことがあります。
しかし実は——
「おもむろに」は “突然” ではない のです。
その本来の意味は、
「落ち着いた様子で」「ゆっくりと」。
つまり、
行動が急ではなく、静かに始まるときに使う言葉なのです。
“誤用されやすい日本語”として有名な「おもむろに」。
今回は、その意味・語源・正しい使い方、
そしてなぜ誤解が広まったのかまで深掘りしていきます。
「おもむろに」の本来の意味と語源
「おもむろに」は、
ゆっくりと/落ち着いた様子で/静かに
という意味をもつ副詞です。
決して「いきなり」「突然」という意味ではありません。
本来の意味
辞書的な意味を整理するとこうなります。
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ゆっくりと行動を始めるさま
-
気持ちを落ち着けて行動するさま
-
静かに、慎重に
つまり、
“急な動作”ではなく “しずしずと動き出す様子” を描く言葉なのです。
正しい例
・彼はおもむろに席を立った。(ゆっくりと)
・祖父はおもむろに話し始めた。(静かに)
・彼女はおもむろに手紙を広げた。(落ち着いた動作)
ここで描かれているのは、どれも 静けさのある動作の始まり。

語源:「おもむろ」=「重(おも)」「むろ(むろむろ)」
語源にはいくつか説がありますが、有力なのは以下のものです。
【語源の成り立ち】
「おも(重)」+「むろ(むろむろ/しずしず)」
-
おも(重) = ゆっくり
-
むろ(古語)= 静かなさま・落ち着いた様子
この2つが組み合わさって
「おもむろに」=落ち着いてゆっくり動く様子
という意味になったと考えられています。
まさに語感も “重く・静かに動く様子” を表していますね。
古典での用法
古典文学でも「おもむろに」は
“慎重に・ゆっくりと・思いを込めて”
という意味で使われてきました。
『徒然草』などでも「おもむろに〜」は
静かにふるまう場面で登場します。
古くから一貫して、
穏やかな動作・心を落ち着けた態度 を指す言葉だったのです。
現代では「おもむろに=いきなり」の誤解が広まった理由
本来とは反対のイメージが広まったのは、
主に“語感”の影響とされています。
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「おもむろ」の音が、どこか“突発的”に聞こえる
-
文脈によっては「急な行動」に見える
-
漫画・会話で誤用が広く浸透した
このため、現代では「突然」「急に」という意味で
カジュアル会話で使われるようになりました。
ただしこれは 誤用。
文章やビジネスでは避けるべき使い方です。
「おもむろに」は、“急に”ではなく“静かにゆっくり”。
日本語の中でも誤解されやすい代表的な言葉なのです。
誤用と正しい使い方の違い
「おもむろに」は、現代の会話では誤用されやすく、
ほとんどの場合 「いきなり」 の意味で使われています。
しかし本来は “静かに・ゆっくり” という意味。
ここではその違いを、実例と共に整理します。
誤用例:「突然」「急に」の意味で使う
多くの誤用は、
“突発的な行動”を描写したいときに発生します。
誤用例
✖ 彼はおもむろに走り出した
→ 本来の意味と逆。“急に”という意味では使えない。
✖ 彼女はおもむろに怒鳴った
→ これも“突然”の意味で誤用。
✖ 店長が急におもむろに出てきた
→ “急に”と“おもむろに”は相反する。
正しい使い方:「静かに・ゆっくり動き始める」
本来のニュアンスに沿った例はこちら👇
正しい例
〇 彼はおもむろに席を立った
→ ゆっくり静かに立ち上がる様子。
〇 老人はおもむろに語り始めた
→ 思いを込めながら落ち着いて話し始める。
〇 彼女はおもむろに封筒を開けた
→ 慎重で静かな動作。
ポイント
どの例も、
スピードが速くなく、静けさがある動作
という共通点があります。
誤用と正しい使い方の比較表
| 用法 | 例文 | 説明 |
|---|---|---|
| ❌誤用(突然) | おもむろに怒った | 「急に」の意味は誤り |
| ❌誤用(いきなり) | おもむろに走り出した | 本来の意味と逆方向 |
| ✔正しい(静かに) | おもむろに座る | ゆっくり座る動作 |
| ✔正しい(落ち着いて) | おもむろに話し出す | 慎重で静かな始まり |
なぜ誤用が広まったのか?
誤用が根強い背景には、
日常会話での曖昧な言葉の使われ方 が関係しています。
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漫画やドラマで“突発的な行動”の場面に使われた
-
響きが「重い」ので、勢いある動作に誤って当てられた
-
友人同士の会話で広まった俗用が一般化した
そのため若い世代の間では、
誤用のほうが“自然”に感じられることも。
しかし、
文章・ビジネス・アナウンスなどでは誤用とみなされる
ため注意が必要です。
正しくは——
「おもむろに」=“静かにはじめる”
です。
現代でのニュアンスの変化と、適切な言い換え表現
「おもむろに」は本来、
“静かに・ゆっくり・落ち着いて” の意味ですが、
現代では誤用が広まった影響で、
文脈によっては異なる雰囲気が生まれつつあります。
ここでは、現代での使われ方と、
誤解なく伝えるための言い換えを整理します。
① 現代では「おもむろに=いきなり」と受け取る人が多い
SNSや会話の場では、以下のような認識が広まっています。
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「おもむろに走り出す」
-
「おもむろに怒り出す」
-
「おもむろに立ち上がる」
これらは本来の意味から外れていますが、
日常会話では「突然」「急に」という意味で
“誤用として定着しつつある”側面もあります。
特に若い世代では、
「ゆっくり」「静かに」の意味を知らないケースも多いのが実情。
② 文章やビジネスでは誤用とされる
しかし、正式な文章・ビジネスの場では
誤用が誤用として強く認識されます。
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レポート
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記事
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ナレーション
-
小説
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公的な文書
こうした場所では
本来の意味を守るべき言葉 です。
③ 状況によって使い分けたい「言い換え」表現
誤解を避けながら
“正しい日本語”を保つために、
以下の言い換えが有効です👇
▼ 「おもむろに(本来の意味)」の言い換え
=静かに/ゆっくりと/落ち着いて
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ゆっくりと
-
静かに
-
しずしずと
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落ち着いて
-
慎重に
-
おもむろに(正しい文脈で)
例:
彼はおもむろに立ち上がった。
→ 彼はゆっくりと立ち上がった。
「おもむろに(誤用としての“いきなり”)」の言い換え
誤用にならないための代替表現は以下👇
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いきなり
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突然
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急に
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ひょいと
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不意に
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とつぜんのように
-
突発的に
例:
✖ おもむろに走り出した
〇 いきなり走り出した
〇 不意に走り出した
④ 現代語としての“ゆらぎ”も知っておくと便利
誤用が広がっている言葉は、
時代とともに意味が変化することもあります。
「おもむろに」も、
すでに会話レベルでは “突然” の意味が広がっているため、
今後辞書に俗用として加わる可能性があります。
しかし現時点では、
「急に」の意味は正式には誤用
という認識が一般的。
文章を書く人間としては、
“本来の意味”と“俗用”の両方を知っておくと
とても強いです。
⑤ 誤用されても“失礼にはなりにくい”言葉
おもしろいことに、
「おもむろに」は誤用されても
相手を不快にしにくい言葉です。
理由は──
-
音が柔らかい
-
攻撃性がない
-
会話のテンポに合わせやすい
-
文脈で意味がある程度推測できる
このため、
日常会話で誤用しても理解されるケースが多いのです。
ただし文章では避けるべき、
というのが現代のスタンスです。
「おもむろに」は、“言葉の静けさ”を大切にすると正解が見えてくる。
ゆっくり始まる行動の美しさを描く——そんな日本語なのですね。
まとめ
「おもむろに」は、
誤用されやすい言葉でありながら、
日本語の繊細な動作描写を美しく表す表現でもあります。
本来の意味は——
✔ ゆっくりと
✔ 静かに
✔ 落ち着いて
✔ 慎重に
という、 動作の始まりの“静けさ” を描く言葉。
ところが現代では、
“いきなり”“急に”という意味で使われる誤用が広まり、
意味が混在してしまいました。
文章やビジネスの場では、
本来の“静かな動作”の意味で使うのが正解。
SNSや会話では俗用として理解されることもありますが、
正しく使うことで、
相手に伝わるニュアンスがぐっと豊かになります。

