「やり過ごす」という言葉には、ただ“時間が過ぎるのを待つ”以上の、生々しい感情がある気がします。
子どもの頃、私が通っていた小学校は木造校舎で、トイレは汲み取り式でした。
しかも、そのすぐ隣には定時制高校の校舎があったのです。
当時、小学校で大便をするのは、子どもにとってなかなか勇気のいることでした。
ある日、ひそかに用を足していた時のこと。
外から突然、「ドボン!」という音がしました。
定時制高校のお兄さんたちが、悪ふざけで便槽に石を投げ込んだのです。
次の瞬間、跳ね返ったものが真上の私のお尻に直撃しました。
外では笑い声が聞こえています。
でも、私は声も出せず、ただ息をひそめて、この時間を「やり過ごす」ことに必死でした。
「やり過ごす」とは、単に待つことではありません。
恥ずかしさや気まずさ、不安や怒りを抱えながら、「今は耐えるしかない」と時間をくぐり抜ける言葉なのです。
この記事では、「やり過ごす」の意味や使い方、例文、類語を紹介しながら、この言葉に含まれる日本語らしい感覚について考えてみます。
「やり過ごす」の意味とは
「やり過ごす」とは、問題や出来事に正面からぶつからず、その場を何とか切り抜けたり、時間が過ぎるのを待ったりすることを意味する言葉です。
状況によって、次のような意味で使われます。
- 先に通らせる
- 通り過ぎるまで待つ
- その場をしのぐ
- 深く関わらずに済ませる
- 波風を立てずに耐える
単に「待つ」というより、少し我慢や忍耐を含んでいるのが特徴です。
「やり過ごす」の使い方と例文
「やり過ごす」は、日常のさまざまな場面で使われます。
特に、人間関係やトラブル、不快な状況など、「今は耐えるしかない」と感じる場面と相性が良い言葉です。
① 先に通らせる
まず、「やり過ごす」には、相手を先に進ませる意味があります。
- 狭い道だったので、対向車をやり過ごした。
- 交差点で歩行者をやり過ごしてから右折した。
- 出てくる車をやり過ごすため、一度バックした。
この場合は、「相手を先に通す」「通り過ぎるのを待つ」という意味です。
② 通り過ぎるまで待つ
もっともよく使われるのが、この意味です。
嫌な出来事や困難な時間を、正面から解決するのではなく、「今は耐えるしかない」と静かに過ぎるのを待つ感覚があります。
- ゲリラ豪雨が通り過ぎるのを車内でやり過ごした。
- 嫌味を言われたが、黙ってやり過ごした。
- 病気でつらい時期を、何とかやり過ごした。
- 忙しい年度末を、どうにかやり過ごした。
この使い方には、「今はぶつからない」「今は耐える」という空気があります。
③ 深く関わらずに済ませる
「やり過ごす」は、問題を真正面から解決せず、その場を流すような意味でも使われます。
- 上司の小言を適当にやり過ごした。
- 難しい質問を笑ってやり過ごす。
- 気まずい空気を冗談でやり過ごした。
この場合は、「真正面から受け止めず、うまく逃がす」というニュアンスになります。
「やり過ごす」は“我慢”の言葉でもある
「やり過ごす」は、問題を解決したわけではありません。
ただ、その瞬間を壊さず、波風を立てず、時間が過ぎるのを待つ。
そこには、逃げるとも違う、小さな忍耐があります。
たとえば、人間関係でもそうです。
真正面から言い返せば、大きなケンカになる。
でも、今はそこまでぶつかるべきではない。
そんな時、人は「やり過ごす」という選択をします。
つまり、「やり過ごす」は単なる受け身ではなく、ある意味では“生きるための知恵”でもあるのです。
「やり過ごす」と「無視する」の違い
「やり過ごす」と似た言葉に、「無視する」があります。
ただ、この二つは少し違います。
「無視する」
- 相手を意識的に切り捨てる
- 反応しない
- 冷たい印象になりやすい
「やり過ごす」
- 今は深入りしない
- 波風を立てない
- その場を耐える
つまり、「無視する」は切り離す感じ。
「やり過ごす」は、“今は触れないでおく”感覚に近いのです。
「やり過ごす」の類語
「やり過ごす」には、状況によってさまざまな類語があります。
「通り過ぎるまで待つ」意味の類語
- しのぐ
- 耐える
- 乗り切る
- 切り抜ける
- 持ちこたえる
「関わらずに済ませる」意味の類語
- 聞き流す
- 受け流す
- スルーする
- かわす
- 適当に合わせる
ただし、「やり過ごす」には、単なるスルーではなく、少し我慢や忍耐が含まれる点が特徴です。
「やり過ごす」は日本人的な言葉かもしれない
「やり過ごす」という言葉には、日本人らしい感覚がある気がします。
昭和の時代は特に、
- 我慢する
- 空気を読む
- 波風を立てない
- 耐える
そういう価値観が強くありました。
だから、「正面からぶつかる」より、「とりあえず今はやり過ごす」という考え方が自然だったのかもしれません。
もちろん、何でも我慢すれば良いわけではありません。
でも人生には、「今は耐えるしかない時間」も確かにあります。
病気。
仕事。
人間関係。
どうにもならない時期。
そういう時、人は「やり過ごす」という知恵を使いながら、生きているのかもしれません。
若い頃は「やり過ごす」が苦手だった
若い頃の私は、理不尽なことがあると、すぐ顔や態度に出るタイプでした。
「納得できない」
「なんで我慢しなきゃいけない」
そんな気持ちが先に立っていた気がします。
けれど年齢を重ねると、「やり過ごす」ことが、必ずしも負けではないと少しずつわかってきました。
今ここでぶつかるより、時間が解決することもある。
黙って通り過ぎるのを待つ方が、結果的に自分を守れることもある。
もちろん、全部を飲み込む必要はありません。
でも、「今はやり過ごす」という選択肢を持てることは、大人の余裕なのかもしれません。
まとめ:「やり過ごす」は“耐える時間”を抜ける言葉
「やり過ごす」とは、問題や不快な出来事に正面からぶつからず、その場を何とか切り抜けたり、時間が過ぎるのを待ったりする言葉です。
使い方としては、
- 先に通らせる
- 通り過ぎるまで待つ
- 波風を立てずに耐える
- 深く関わらずに済ませる
といった意味があります。
「やり過ごす」は、逃げでも、完全な諦めでもありません。
どうにもならない時間を、静かにくぐり抜けるための言葉です。
人生には、真正面から戦うべき時もあります。
でも同時に、「今はやり過ごすしかない」という瞬間も確かにあります。
その小さな忍耐を知っているところに、「やり過ごす」という言葉の深みがあるのかもしれません。

