自分のこと以上に、胸を張れる瞬間
自分の成果を自慢するときよりも、もっと誇らしく、心が温かくなる瞬間があります。
それが「鼻が高い」と感じる時。
この言葉には、単なる「自惚れ」ではない、深い喜びと敬意が込められています。
今回は、この「鼻が高い」という言葉の意味を、私自身の家族のエピソードを交えながら紐解いてみたいと思います。
「鼻が高い」の由来と、言葉のニュアンス
昔から、鼻は「自分自身」や「プライド」の象徴とされてきました。 「鼻が高い」とは、誇らしい気持ちでいっぱいになり、得意げな様子を指します。
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例文:
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厳しい試験を突破して希望の職に就いた娘を、父親として鼻が高いと思う。
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「舌を巻く」ような活躍を見せる後輩の姿に、先輩として鼻が高い。
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「4年分を3年で」――娘が乗り越えた壁
約8年前、娘が看護専門学校に入学したときのことです。
入学式で校長先生が仰った言葉が、今も耳に残っています。
「大学では4年かけて学ぶカリキュラムを、ここでは3年で叩き込みます。その覚悟を持って臨んでください」
その厳しい言葉通り、娘の学生生活は過酷なものでした。
しかし3年後、彼女は見事に看護師国家試験に合格。今は立派に看護師として働いています。

実は私自身、かつて果たせなかった夢がありました。それを、自らの努力で成し遂げた娘の姿。親としてこれほど「鼻が高い」ことはありません。
それは自慢というよりも、彼女の「覚悟」と「努力」に対する、心からのリスペクト(尊敬)なのだと感じています。
まとめ:誰かの頑張りを、自分の誇りに
「たかが知れている」自分の限界を知っているからこそ、それを軽々と超えていく次世代の姿は、眩しく、誇らしいものです。
人前では「たかが私のような親ですが」と謙遜しながらも、心の中では「されど、私の娘はやり遂げた」と鼻を高くする。そんな「静かな誇り」が、人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。
「いい加減(好い加減)」なところで自分を許しつつ、大切な人の成功を全力で喜べる。そんな店主でありたいと思っています。

