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「マジでヤバいっす!」のヤバいって何?――言葉の変遷から見える「心の動揺」の正体

マジでヤバいっす!の「ヤバい」とは?その意味、使い方、読み方、由来を徹底解説 【二、知恵の棚】
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昔の「ヤバい」は、本当に「危ない」時だけだった

最近、街を歩いていると「これ、ヤバいね!」という声をよく耳にします。

美味しいものを食べた時、綺麗な景色を見た時、あるいは格好いい車を見かけた時。今の若い人たちにとって「ヤバい」は、最高の褒め言葉のようですね。

カフェのテーブルで、20代の友人同士がスマホ画面を見て「え、ヤバ…」みたいに驚いている瞬間

でも、私のような昭和世代からすると、本来「ヤバい」という言葉は、もっとヒリヒリした状況で使うものでした。

例えば、営業で自動車の運転をしている時など。

急カーブでハンドルを取られそうになった瞬間や、雪道でスリップしたとき、思わず口をついて出る「あ、ヤバい!」

これはまさに、身の危険を感じた時の本音です。

 

「ヤバい」の守備範囲が広すぎませんか?

今の「ヤバい」は、危険から感動まで、あらゆる感情を飲み込んでしまう便利な言葉になりました。

  • 驚いた時: 「ヤバッ!どうなるんだろう?」

  • 感動した時: 「ヤバい美味しさ」「ヤバい景色だ」

誇張して感情を伝えるという意味では、「死ぬほど」の意味と使われ方の変化にも通じるところがありますね。

さらに「アツい」の意味と使い方の変化を見てもわかる通り、言葉は時代とともに、より強い感情を乗せる形へと進化(あるいは退化?)していくようです。

由来を辿れば、さらに「ヤバい」

この「ヤバい」という言葉、一体どこから来たのでしょうか。

諸説ありますが、1990年代の漫才ブームやテレビ番組がきっかけで、若者の間に爆発的に広まったと言われています。

さらに遡れば、江戸時代の牢屋(ろうや)を指す隠語だったという説もあります。

「役場(ヤクバ)」が転じて「ヤバ」になり、そこへ行くような「危ない状況」を指したというのです。

もしそれが本当なら、今の若者がケーキを食べて「ヤバい!」と言っているのを江戸時代の人が聞いたら、腰を抜かすかもしれませんね。

似たように、時代とともにニュアンスが広がった例としては、「ウザい」の意味と使い方の変化も、比較してみると面白いですよ。

店主の独り言:言葉を「履き替える」ように

他の記事で「ウォーキング」と「散歩」という言葉を履き替えるお話をしましたが、

【散歩】vs【ウォーキング】――「義務」を「楽しみ」に変える、言葉の履き替え方
「健康のために歩かなきゃ」と思うと、足取りが重くなりませんか?「ウォーキング」という義務を、自分を解放する「散歩」へと履き替える考え方の提案。同じ歩く動作でも、心の中で使う言葉ひとつで、見える景色も心の余裕も変わってくるものです。

「ヤバい」という言葉も、使い分けが面白い言葉です。

大人の私たちが「マジでヤバいっす!」と若者風に言うのは少し照れくさいですが、たまにはその「ヤバい」という言葉の勢いに乗っかって、心を若返らせてみるのもアリかもしれません。

大切なのは、言葉の裏側にある「自分の心がどう動いたか」を見つめること。 便利な「ヤバい」に頼りすぎず、時にはもっと豊かな言葉を探してみたい……。

そう思うのは、私が少し「お節介」すぎるからでしょうか。

 

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